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大阪高等裁判所 昭和63年(ネ)624号 判決

主文

一  第一審原告の控訴を棄却する。

二  第一審被告の控訴に基づき、原判決主文第二、第三項を次のとおり変更する。

1  第一審原告の予備的請求に基づき、第一審被告は第一審原告に対し、金一億三〇一〇万円及びこれに対する昭和六〇年七月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  第一審原告の予備的請求のうちその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を第一審原告の負担とし、その余を第一審被告の負担とする。

四  この判決は、第一審原告において金五〇〇〇万円の担保を供するときは、第一審原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。但し、第一審被告において金一億円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

一  第一審原告は、昭和六三年(ネ)第六二四号事件につき「原判決を次のとおり変更する。第一審被告は第一審原告に対し、金二億八三〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年七月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決並びに仮執行宣言を求め、同第五四七号事件につき控訴棄却の判決を求め、第一審被告は、同第五四七号事件につき「原判決中第一審被告敗訴の部分を取消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決を求め、同第六二四号事件につき控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次に訂正・付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決の訂正

(一)  原判決二枚目表一一行目、同四枚目裏五行目、同一二行目、同五枚目表四行目、同六枚目表九行目、同七枚目表初行、同裏初行、同二行目、同七行目及び同九行目の「権原」をいずれも「権限」と改める。

(二)  同三枚目表一一行目の「いわゆるマル優」から同一二行目の「限度額」までを「第一審原告と第一審被告との間であらかじめ右定期預金を小額貯蓄非課税制度(いわゆるマル優制度、以下「マル優」という。)扱いにすることが約定されていたため、マル優限度額(三〇〇万円)」と改める。

(三)  同五枚目裏一〇行目の末尾に「しかしながら、金融機関が『特利』を抜取られた不足金で第一審原告から交付を受けた全額についての定期預金証書を作成できないことは明らかであるから、第一審原告がこれを正当な業務と信じていたとすれば、まさに重大な過失である。」を加える。

(四)  同六枚目表一〇行目の次に行を改めて「(四) 本件金員交付以前の定期預金取引においては金員交付と定期預金証書作成までの期間は極めて短かかったが、第一審原告は、昭和五九年四月一三日以来同年六月二八日までに一枚の定期預金証書の交付も受けなかったにもかかわらず金一億六三〇〇万円を交付し、更に第一審被告本店に赴いた同年七月六日から同月末日までに定期預金証書の交付を受けなかったにもかかわらず金一億二〇〇〇万円を交付した。この間に、第一審原告が第一審被告に本件各金員の入金の有無を問い合わせることは極めて容易であったのであるから、第一審原告の損害の大半は自ら招来した損害というべきである。」を加える。

2  当審における第一審原告の主張(本件各定期預金契約の成立について)

(一)  仮に本件各金員を受領したときに本件各定期預金契約が成立しなかったとしても、本件以前の定期預金取引においてはマル優限度額以下の額面の定期預金証書を作成するのに時間的余裕が必要なため、定期預金証書の交付に遅くとも二週間の期限が付され、右期限到来日が定期預金契約成立の日とされていたから、本件においても本件各金員が交付された日から二週間を経過した日に期限が到来し、本件各定期預金契約が成立した。

(二)  仮にそうでないとしても、昭和五九年八月一日山下は第一審原告に対し受領済みの合計金二億八三〇〇万円について、同年九月三〇日までに定期預金証書を作成して第一審被告に交付する旨約定したから、同年九月三〇日には全金額について定期預金契約が成立した。なお、仮に山下が定期預金契約締結の権限を有しなかったとしても、第一審において主張した(原判決事実欄第二の五)とおり表見代理が成立している。

3  当審における第一審被告の主張

(一)  本件定期預金契約の公序良俗、強行法規違反による無効

昭和五八年七月ころ、第一審原告は川崎に融資を受けさせるために担保を提供する意思がなかったにもかかわらず、二億円の定期預金をして川崎から実質年利一〇パーセントの特利を受取っているのであって、第一審原告と川崎ないし山下間の契約は、「預金等に係る不当契約の取締りに関する法律」(以下「導入預金禁止法」という。)第二条第一項によって禁止されている導入預金契約を中核とするものである。したがって、本件定期預金契約は刑罰法規に触れる行為であり、公序良俗に違反し、強行法規に違反するものであるから無効である。

(二)  使用者責任の業務執行の外形の不存在

本件預金取引においては、山下が第一審原告方を訪れる際、川崎が必ず同行していた上、昭和五九年四月以降、川崎は第一審原告から交付を受けた金員の中から年利一〇パーセントを超える高額の「特利」を抜取って、その場で第一審原告に交付していた。

しかしながら、金融機関の正規の預金取引において、第三者が預金者の交付した金員から高額の金員を一部抜取って、これを「特利」と称して戻すことがあり得るはずがなく、定期預金とするために交付された金員から一部抜取られたならば、交付された全額についての定期預金ができないことは明らかであるから、このような取引には金融機関の正規の預金取引業務としての外形は存在しない。

(三)  悪意又は重過失

第一審原告は、山下が定期預金受入れの権限を有していないことを知っていた上、前記のとおり本件取引が導入預金禁止法で禁止されている導入預金契約が中核をなしており、しかも第三者である川崎が預金とするために交付された金員の一部を「特利」と称して第一審原告に戻していたのであるから、第一審原告は山下の行為が職務権限内において行われたものでないことを当然知っていた。このことは、本件が発覚した後、第一審原告が山下から「昭和五九年九月末日までに定期預金証書を届ける。」旨の念書を取ったり、川崎から「不動産売買利益による返済」なる書面を取ったりするに止め、直ちに第一審被告に支払いを要求していないことからも明らかである。

仮に第一審原告が山下の行為が職務権限内において行われたものでないことを知らなかったとしても、第一審原告は極めて高い利率の特利の入手を図り、川崎らの行為が導入預金禁止法違反であること(これを知らなかったとすれば、重大な過失である。)、及び川崎が預金の一部を「特利」と称して第一審原告に戻していることを知っていたのであるから、金融機関において右不足額で満額の定期預金証書が作成される筈がないことに照らして第一審原告には重大な過失がある。さらに、第一審原告は正規の仮領収書ではなくて山下の手書きの受取書を貰っていたこと、第三者の川崎が必ず同席していたこと、昭和五九年七月六日第一審原告が第一審被告本店を訪れた際、営業部長として辻岡の紹介を受けたこと及び同年四月一三日から同年七月三〇日までの間第一審被告に一度も確認の問い合わせをしていないことに照らしても、第一審原告は重大な過失により山下の行為が職務権限内において行われたものでないことを知らなかったものというべきである。したがって、第一審被告に使用者責任はない。

(四)  第一審原告の違法性

第一審原告が前記違法な導入預金を意図し、しかも違法のマル優制度の不正利用をした上で特利を入手していることに照らせば、第一審原告の違法性は明らかであり、このような違法行為者を民法七一五条によって救済することは、信義則あるいは公平の法理上許されない。

4  当審における第一審被告の主張に対する第一審原告の答弁及び反論

(一)  当審における第一審被告の主張(一)は争う。第一審被告が主張する昭和五八年七月ころの二億円の定期預金は本件各定期預金契約とは別個のものであり、何ら関係がない。また、第一審原告は本件定期預金について特別な金銭上の利益を川崎から受ける目的を有しておらず、川崎に資金を融資することを約したこともない。

(二)  当審における第一審被告の主張(二)は争う。第一審被告が大口の預金者である第一審原告に対するサービスとして支払う金利相当の金員は先払いの約束であったから、第一審被告側において予め用意できない場合に、第一審原告が交付した金員の中から支払われることがあったとしても、第一審原告は第一審被告の内部の都合からそのようにしたものと信じており、川崎は単なる手伝いと考えていた。

(三)  当審における第一審被告の主張(三)は争う。第一審原告は、山下が本店に異動した後も本件以前に数回本件と同様に定期預金とするために山下に金員を交付し、山下から定期預金証書を受領していた。したがって、第一審原告が山下の行為が職務権限内において行われたと信じたことに過失はない。

(四)  当審における第一審被告の主張(四)は争う。第一審原告は導入預金契約を意図したことはない。

三  証拠関係〈省略〉

理由

一  主位的請求について

1  山下がもと第一審被告の住吉支店長であり、その後第一審被告の理事兼本店営業部長であったこと、第一審原告が山下に金員を手交する際に第一審被告から受領すべき定期預金証書の作成交付に時間的猶予を与えていたこと、第一審原告が山下に金員を手交した際、山下から同人作成の預かり証を受領していたにすぎないこと及び第一審被告本店において山下から辻岡の紹介を受けたことは、当事者間に争いがない。

2  右事実に〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一)  山下は旧浪速信用金庫に勤務していたが、昭和五一年三月から第一審被告に勤務し、昭和五五年四月一日住吉支店長になり、その後、昭和五六年一〇月二四日から常勤理事兼住吉支店長となった。ところで、第一審被告においては、支店長は店舗の内外を問わず第一審被告のために顧客と定期預金契約を締結する権限を有していた。川崎は山下が旧浪速信用金庫昭和町支店に勤務していたころの同僚であったが、同金庫を退職後、貸金業者の支配人として勤務する傍ら、個人でも金融業や不動産業を営んでいた。

(二)  昭和五七年九月ころ、川崎は住吉支店に山下を訪ねて取引上の付合いを始めたが、かねて大口預金者として第一審原告の父親と取引関係があったことから、そのころ、山下に大口預金者として第一審原告を紹介した。

当時、第一審原告は不動産を売却して得た利益三、四億円を複数の金融機関に分散して預金していたが、右金員を一つに纒めて有利に運用したいと希望していたことから、山下に対し、仮名で定期預金をしてマル優制度を不正利用して源泉所得税を免れた上、マル優扱いとしての正規の定期預金の金利の外に利息(以下「特利」という。)を貰いたい旨申し出たところ、同人は川崎と相談した上でこれを了承した。

そこで、第一審原告、山下及び川崎は、次のような方法で数回に亘り定期預金取引を行った。すなわち、(1)第一審原告は他の金融機関の定期預金が満期になるなどして定期預金とすべき現金(殆ど一〇〇〇万円単位の大口の金額)の準備ができるとその旨を山下に連絡する、(2)山下は必ず川崎を同道して指定した日時に第一審原告の自宅を訪れ、第一審原告から定期預金とすべき現金を受領し、その際、特利に相当する現金を第一審原告に交付するとともに、第一審被告の用箋を使用し、多くは「三福信用組合住吉支店長」の肩書入りで、時には肩書を付さないで、山下名義の「定期預金契約金として預かった。」旨の預かり証を交付する、(3)山下は右現金を同支店に持ち帰り、日計票への記載や本店への送付等第一審被告の定める正規の手続きを経ることなく、同支店の金庫にこれを保管する、(4)川崎は実在する人物から仮名定期預金とするための名義を借りてその名簿を作成し、これを山下に手渡す、(5)山下は右他人名義を利用して、適当な間隔を置いて次々に額面がマル優限度額(三〇〇万円)以下で期間を一年とするマル優扱いの定期預金の預け入れ手続きを行い、一ないし二週間かけて多数の定期預金証書を作成する、(6)他方、第一審原告は金員交付から右方法によって定期預金証書が作成されるまでの間、定期預金証書の受領を猶予する、(7)山下と川崎は、右証書完成後、右証書と使用した名義の印鑑及び金員交付から右方法によって定期預金証書が作成されるまでの間の利息相当分の現金を第一審原告に交付する、という方法であった。

ところで、第一審被告においては顧客から定期預金とするために現金を預かったときは顧客に正規の仮領収書を交付することと定められていたが、川崎が、正規の仮領収書を使用すればマル優の不正使用が発覚する可能性があるとして、その使用に反対したため、第一審原告も正規の仮領収書の交付を要求せず、山下が作成した前記預かり書を受領していた。

(三)  第一審原告は山下、川崎と協議して特利の利率を大略預入れ金額の〇・八パーセントないし一パーセントと決めていたが、当初は山下が特利を川崎から預かって第一審原告に交付していた。

ところで、当時、第一審被告の職員については制限金額内で通常の定期預金より利率が高い職員預かり金制度があったものの、通常の定期預金の金利は金融機関が自由に定めることができず、全ての金融機関で一律に同じ利率とするように法律で規制されていたが(但し、信用組合の定期預金の金利は市中銀行より一厘高い金利とされていた。)、第一審原告も右規制があることを知っており、また、他の金融機関との取引において特利をもらった経験はなかった。しかし、第一審原告は、小規模の金融機関である第一審被告にとって自己が極めて大口の預金者である上、金融機関のいわゆる預金獲得競争が激しいことから、第一審被告が重要な大口預金者に特別に有利な取扱をすることもあり得ると考え、また、右金利が特別に大きなものではなく、第一審被告の職員には右職員預かり金制度もあることから、山下が内部操作をすることによって特利を捻出しうるものと考えていた。

(四)  山下は、昭和五八年七月一日付で第一審被告の理事兼本店営業部長となって、本店に異動したが、本店営業部長は支店長と同様に店舗の内外を問わず顧客と定期預金契約を締結する権限を有していた。

山下は、本店に異動した後第一審原告に本店についても大口の定期預金をしてもらいたいと要望したため、第一審原告はこれに応じたが、本店の金庫の管理が厳重で本店営業部長といえども住吉支店当時のような便宜的な現金の保管ができなかったので、山下及び川崎は、金員の取扱方法を、(1)山下は肩書を付さない山下名義の預かり証を交付して第一審原告から定期預金とすべき現金を受け取る、(2)山下は第一審原告に知られないように後にこれを川崎に預ける、(3)川崎は他の銀行の自己名義の普通預金口座に一旦入金して保管し、他人名義の用意ができるとそれに見合う現金の払い戻しを受けて、これを山下に交付する、と変更し、その外は従前と同様の方法で定期預金証書を作成した。

ところが、川崎はマル優扱いにするための多数の他人名義を用意するのに期間を要し、その間第一審原告から交付された金員の保管を委ねられたことを利用して、これを自己の事業に流用するようになったため、金員の交付を受けてから定期預金証書を作成交付するまでの期間が従前より長くなり、約二か月間を要するようになった。そこで、山下は第一審原告に対し「金額が嵩むので、定期預金証書作成まで二か月間を要する。」と説明して、その了承を得たが、第一審原告から受領した金員を川崎に渡していることは説明しなかったため、第一審原告は川崎が右金員を持ち帰っていることは知らなかった。

(五)  ところで、山下は後任の住吉支店長中井弘に対し、第一審原告がマル優不正利用による大口の定期預金者であることは引き継いだものの、特利が支払われていることは引き継がずに、第一審原告に対しても特利が支払われていることを口外しないように口止めしていた。第一審原告は中井との間で山下が住吉支店当時行っていたのと同様の方法で一度定期預金取引を行ったが、その際、中井は「三福信用組合住吉支店長中井弘」名義の預かり証を交付しただけで、正規の仮領収証を交付しなかった。

(六)  同年一〇月二五日山下は川崎の紹介で預け入れられた預金に関し不正を行っていたことが発覚したため、理事及び本店営業部長を解任されて、同年一一月一日付で業務部付の嘱託となったが、第一審被告においては、嘱託は新規の預金を開発してこれを正規の担当職員に取り継ぐ業務を担当し、顧客と定期預金契約を締結する権限を有していなかった。

しかし、山下は、第一審原告に対し理事及び本店営業部長を解任されたことを告げることなく、その後も前記の方法で(但し、預かり証の名義は肩書を付さずに単に「三福信用組合山下修」名義であった。)定期預金取引をして、定期預金証書を交付していた。

第一審原告は、山下が本店に異動した後、七、八回定期預金とするために山下に金員を交付したが、右金員は第一審被告において何ら支障なく定期預金とされて定期預金証書の交付を受けた。

(七)  昭和五九年四月一三日、第一審原告は自宅において従前の取引と同様一年満期の定期預金とする趣旨で山下に五〇〇〇万円を交付したので、山下はこれを受領し、第一審原告に対し第一審被告の用箋に「定期預金契約金としてお預かりしました。」と記載し、「営業部長」等の肩書を付けずに単に「三福信用組合山下修」と記載した預かり証を交付した。そして、第一審原告は、同月二四日に五〇〇〇万円、同年五月一〇日に一三〇〇万円を定期預金とするために自宅で右同様の方法で山下に交付した。

(八)  ところで、前記のとおり川崎は山下から預かって保管していた金員を他に流用していたが、同年六月ころになっても山下に定期預金証書を作成するための金員を持参しなかった。そのため、このころから山下は川崎の態度に不信の念を抱いていたが、川崎から事業の進展による返済策や他の金融機関から二億円を借入れる融資案が進行しているので大丈夫である旨説得され、川崎によって補填されることを信じて第一審原告との本件定期預金取引を継続していた。

第一審原告は山下から満期前解約による金利の損失を負担するから従前住吉支店で締結された定期預金を解約して、これを本店の定期預金としてもらいたい旨要望されたため、同年六月二七日住吉支店で解約した二〇〇〇万円を山下に交付したのを始め、同月二八日解約した二八〇〇万円に手持金を加えて三〇〇〇万円を交付した。

また、このころから、川崎は特利分の現金を予め準備して来ずに、第一審原告が定期預金とするために交付した現金の中から特利分を抜き取ってこれをその場で第一審原告に交付するようになった。

(九)  その後、第一審原告は、同年七月六日午前自宅を訪れた山下に対し、同年六月三〇日住吉支店で解約して準備していた五〇〇〇万円を定期預金とするために交付したが、かねて同年四月に交付した金員についての定期預金証書の交付が約束の二か月より遅延していることを気にしていたため、右金員が第一審被告に入金していることの確認を兼ねて本店の幹部職員に挨拶するために第一審被告の本店を訪問することを希望した。そこで、山下は、同日午後第一審被告本店に赴いた第一審原告とその弟を第一審被告の業務部長佐藤龍彦、営業部長辻岡及び営業部次長黒岩に大口の預金者として紹介したが、佐藤らは第一審原告が大口の預金者であることを前提に挨拶した。その際、第一審原告は、本来山下が就任しているはずの営業部長の地位に辻岡が就任していることを知ったが、他人名義で預金しているにもかかわらず、幹部職員が自己を大口の預金者であると知っていたことに安心し、本件各金員の第一審被告への入金を改めて確認せずに、また山下の地位や権限についても疑いを持たずに山下から右五〇〇〇万円の預かり証を受け取った。

その後、第一審原告は同月九日八〇〇万円、同月一九日二〇〇〇万円を従前同様の方法で交付し、さらに、同月三〇日住吉支店の定期預金を解約した四二〇〇万円を同日従前同様の方法で交付した。

(一〇)  ところで、同年四月以来第一審被告に定期預金とするために山下に交付した本件各金員についての定期預金証書の交付が約束の期間を相当経過してもなされなかったことから、第一審原告は本件各金員の入金に疑いを抱き、同年七月三一日第一審被告本店に赴いて佐藤業務部長に確認したところ、同部長は山下について調査することを約束した。

山下は、佐藤業務部長から問い質され、本件各金員が第一審被告に入金されずに流用されたことが発覚したことを悟り、同年八月一日川崎とともに第一審原告を訪ねて、自己が既に本店営業部長の職を解任されていること及び本件各金員を預けていた川崎が他に流用したため、右金員を第一審被告に入金して定期預金とすることができなくなったことを告白した。そして、川崎は不動産を売却してその利益によって返済するなどと述べたが、第一審原告は山下に対しあくまで定期預金証書の交付を要求したので、同人はその場で「昭和五九年九月末日までに定期預金証書を届ける。」旨の念書を作成して第一審原告に手渡した。その後、川崎は第一審被告に対し同月一〇日付で「不動産売買利益による返済」と題する書面を作成して本件各金員を弁済する旨約束したが、結局右弁済はされなかった。

〈証拠〉中以上の認定に反する部分は、前掲各証拠に照らしてたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、第一審被告は第一審原告が特利として一〇パーセントを超える金利を得ていたと主張し、〈証拠〉によれば、昭和五八年七月九日山下が一審原告に対し二億円の定期預金について一〇パーセントの利息に相当する二〇〇〇万円を支払うことを約し、満期日に受け取るべき正規の利息(定期預金の利息から源泉所得税を控除したもの)七六〇万五〇〇〇円を除いた残額一二三九万五〇〇〇円を支払ったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

しかし、〈証拠〉によれば、第一審原告は昭和五八年六月ころ山下に定期預金とするために二億円を交付したところ、山下から「右預金を担保に提供してもらって第三者に融資をしたいので、マル優扱いをしない正規の定期預金として預金して貰いたい。その間一年間拘束されるので、その代償として手取り利息一〇パーセントを支払う。」旨申入れを受けたため、第一審原告はこれを了承したこと、そこで、右二億円は同月一五日から同年七月七日までに他人名義ではあるが従前と異なってマル優扱いとしない正規の定期預金として預け入れられ、定期預金証書二一通が作成された上、第一審被告が実行した川崎を主債務者とする一億九〇〇〇万円の貸付について同月二八日付及び同年七月二三日付で右各定期預金証書を担保に差し入れる旨の預金担保差入証及び念書が作成されたこと及び山下は同年七月二一日付で「右念書は大阪府の定例検査実施の対策として必要となるので、検査終了後一か月以内に返還する。」旨の念書を差し入れていることが認められ、〈証拠〉中、右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、右二億円についての利息が手取り一〇パーセント(特利分約六パーセント)とされたのは、右預金が他人の債務の担保として拘束されることの代償としてこれに限り高い利率の特利が合意されたためと認めるのが相当である。したがって、本件各定期預金についてはこれと事情を異にしているから、右二億円について合意された特利の利率が本件定期預金の特利の利率ということはできず、第一審被告の右主張は採用できない。

3  そこで、右認定事実に基づいて、本件定期預金契約の成否について検討する。

(一)  まず、本件各金員の交付の趣旨についてみるに、第一審原告が山下に対し第一審被告へ定期預金として預け入れる趣旨で本件各金員を交付したものであることは明らかである。

第一審被告は、本件金員は第一審原告が川崎に貸し付けたものであるというけれども、前認定の事実、特に預かり証の記載及び前記原審証人山下も本件各金員を第一審被告の定期預金とするために受領した旨証言していること(原審第一回)に照らせば、右主張は到底採用できない。

(二)  しかし、前記2の(二)で認定したとおり本件においては定期預金契約をするにあたってマル優制度を不正利用することが必須の条件とされていたため、第一審原告と山下の間では、多数口のマル優限度額以下の他人名義の定期預金預け入れが可能となるまで定期預金手続きを猶予することが合意され、しかも第一審原告が交付した金員は第一審被告の正規の帳簿に計上されずに本店金庫に収められてもいなかったのであるから、本件における定期預金契約は山下がマル優制度利用のために限度額三〇〇万円以下の定期預金の受入れ手続きをして定期預金証書を作成したときに成立する旨の合意がなされていたと認めるのが相当である。

そうすると、第一審原告から定期預金とするための金員を受領したとしても、山下はマル優扱いの他人名義の定期預金受入手続きをして定期預金証書を作成する義務を履行するために預かっているに止まり、これが履行されて現実に定期預金証書が作成されたときに定期預金契約が成立するというべきであるから、現実に定期預金証書が作成されていない本件各金員については本件各定期預金契約が成立する余地はないというほかない。

なお、〈証拠〉によれば、第一審原告に対し金員交付の日から定期預金証書作成の日までの間の利息が日割計算で支払われていたことが認められるが、これは第一審原告に不利益を被らせないために、定期預金契約が成立していないにもかかわらず、便宜上利息名下に支払われていたに過ぎないものと観るべきであるから、右事実を本件各定期預金契約が金員交付の日に成立した根拠とすることはできない。

(三)  次に、第一審原告は、本件以前の定期預金取引においてはマル優限度額以下の額面の定期預金証書を作成するのに遅くとも二週間の期限が付され、右期限到来日が定期預金契約成立の日とされていたから、本件においても本件各金員が交付された日から二週間を経過した日に期限が到来し、本件各定期預金契約が成立したというけれども、前認定の本件定期預金取引の趣旨に照らせば、本件取引においてはマル優限度額以下の額面金額の定期預金証書が作成されることが重要であって、第一審原告と山下との間で合意された右定期預金証書作成までの猶予期間は単なる目安期間に過ぎず、右期間を経過したからといってその時点でマル優限度額以下の定期預金証書が作成されていなければ、定期預金契約が成立しないものであることは明らかである。したがって、第一審原告の右主張は採用できない。

(四)  さらに、第一審原告は、昭和五九年八月一日山下は第一審原告に対し受領済みの合計金二億八三〇〇万円について、同年九月三〇日までに定期預金証書を作成して第一審被告に交付する旨約束したから、同日には全金額について定期預金契約が成立したと主張し、山下が第一審原告主張の約束をしたことは前記2の(一〇)において認定したとおりであるが、前記2の(五)において認定したとおり、山下は昭和五八年一〇月二五日に本店営業部長の職を解任され、昭和五九年八月一日当時定期預金契約に関して第一審原告との間で第一審被告を代理して契約を締結する権限を失っていたのであるから、山下の右約束の効力は第一審被告に及ばないものというほかはない。

なお、第一審原告は右権限喪失を知らなかったから表見代理が成立するというけれども、前記2の(一〇)において認定したとおり、同日には山下は第一審原告に本店営業部長の職を解任されたことを含めて全てを告げていたと認められるから、山下に表見代理が成立する余地はないから、右主張は採用できない。

4  したがって、本件各定期預金契約が成立したものとはいえないから、その余の点について判断するまでもなく、第一審被告は第一審原告に対し本件定期預金契約に基づく支払いの責任を負わないというべきである。

二  予備的請求について

1  前記認定の事実によれば、第一審被告の被用者である山下は本件当時定期預金契約を締結する権限がなかったにもかかわらず、このことを秘して昭和五九年四月から同年七月三〇日までの間に第一審原告から定期預金にするために合計二億八三〇〇万円の交付を受け、これを川崎に保管させた結果、右金員を第一審被告の定期預金とすることができなかったのであるから、山下の右行為が不法行為にあたることは明らかである。

2  そこで、右山下の行為が第一審被告の事業の執行につきなされたものといえるか否かについて検討する。

被用者のした取引行為が適法な権限に基づかない場合においても、外形上その職務権限に基づくものと認められるときには、民法第七一五条第一項にいう「事業ノ執行ニ付キ」なされたものというべきところ、前記一の2の(六)、(七)で認定したとおり、本件各金員受領の当時、山下は第一審被告の業務部付嘱託として新規の預金を開発し、これを正規の担当職員に取り次ぐ業務に従事していた上、「定期預金契約金として預かった。」旨の預かり証を交付して本件各金員を実際に受領しており、しかも、従前山下が住吉支店長や本店営業部長の職にあったときのみならず、解職されて嘱託となった後にも同様の方法で定期預金としてするために受領した金員について実際に預金証書が作成されていたのであるから、山下の本件各金員の受領は、外形上その職務権限に基づいてなされているものと認められる。

したがって、山下の右行為は第一審被告の業務の執行につき行われたものというべきである。

第一審被告は、第三者である川崎が預金の中から一〇パーセントを超える極めて高額の特利を抜き取って、これを第一審原告に戻していたから、山下の右行為は業務執行の外形がないというけれども、前記一の2の(三)、(八)において認定したとおり、第一審原告が本件各金員交付に当たって特利として得ていた金員は第一審被告の主張するような高額ではない上、第一審原告が定期預金とするために交付した金員の中から特利が戻されたのは昭和五九年六月ころからにすぎない。しかも、前記山下の職務内容、預かり証の記載、実際の授受の態様及び従前からの実績に対比すれば、第一審原告と山下との間の一連の定期預金取引の最終段階において川崎が第一審原告が交付した現金の中から特利を抜き取って戻したからといって山下の本件金員受領行為に第一審被告の業務の外形がなかったとすることはできないというべきである。したがって、第一審被告の右主張は採用できない。

3  さらに、第一審被告は、第一審原告は山下の右行為が職務権限内において行われたものでないことを知っていたか、又は知らないことについて重大な過失があったから、第一審被告は使用者責任を負わないと主張する。

(一)  被用者のした取引行為が、その行為の外形からみて、使用者の事業の範囲内に属すると認められる場合においても、その行為が被用者の職務権限内において行われたものでなく、かつ、その行為の相手方が右の事情を知りながら又は重大な過失により右の事情を知らないで、当該取引をしたと認められるときは、その行為に基づく損害について、その取引の相手方である被害者は、使用者に対してその賠償を請求することができない(最高裁判所昭和四二年一一月二日判決・民集第二一巻九号二二七八頁参照)と解すべきところ、右重大な過失とは、取引の相手方において、わずかな注意を払いさえすれば、被用者の行為がその職務権限内において行われたものでない事情を知ることができたのに、その挙に出ず、漫然これを職務権限内の行為と信じ、もって一般人に要求される注意義務に著しく違反することであって、故意に準ずる程度の注意の欠缺があり、公平の見地上、相手方にまったく保護を与えないことが相当と認められる状態をいうものと解される(最高裁判所昭和四四年一一月二一日判決・民集第二三巻一一号二〇九七頁参照)。

(二)  第一審被告は、山下の右行為が職務権限内において行われたものでないことを第一審原告が知っていたというけれども、右事実を認めるに足りる証拠はなく、かえって、前記一の2の(三)、(六)において認定したとおり、第一審原告は本件金員交付当時山下が本店営業部長を解任されていたことを知らなかった上、本店営業部長の権限で第一審被告にとって重要な大口預金者である自己に対して特別に有利な取扱いとして特利を支払うことも可能と考えていたのであるから、第一審被告の右主張は採用できない。

なお、第一審被告は、本件発覚後、第一審原告が山下から「昭和五九年九月末日までに定期預金証書を届ける。」旨の念書を取ったり、川崎から「不動産売買利益による返済」なる書面を取るに止め、直ちに第一審被告に支払いを要求していないことに照らせば、一審原告は山下の右行為が職務権限内において行われたものでないことを知っていたとみるべきであるというけれども、本件発覚後第一審原告が山下に定期預金証書の作成交付を求めたことは、定期預金とするために本件各金員を山下に交付した第一審原告としては当然の行動であり、また、第一審原告が直ちに第一審被告に本件各金員の支払いを要求しなかったことも第一審原告と山下、川崎との従前からの関係に照らして首肯しうるところであって、これらの点を第一審原告が山下の右行為が職務権限内において行われたものでないことを知っていた根拠とすることは到底できない。

(三)  そこで、山下の右行為が職務権限内において行われたものでないことを知らなかったことについて、第一審原告に前記重大な過失があったか否かについて、検討する。

まず、第一審原告が本件各金員交付当時山下が本店営業部長を解任されて定期預金契約を締結する権限を喪失していたことを知らなかったことについては、前認定の事実によれば、山下が本店営業部長を解任されて業務部付嘱託となった後も、従前同様の方法で定期預金取引が支障なくなされた実績があったところ、山下は第一審原告から定期預金とするために本件各金員を受領した際、肩書を抜いて単に「三福信用組合山下修」と記載した預かり証を交付しているが、従前の取引においても肩書は、支店長時代には入れたり、入れなかったりしており、営業部長時代には入れていなかったのであるから、肩書の記載の有無が山下の権限に変化があったことを示すものと認めるのは困難であり、また、山下は第一審被告の定める正規の仮領収書を交付していないが、これはマル優不正利用の発覚を免れるために川崎の提案で従前の取引においてもなされていたのと同様であって、これも山下の権限に変化があったことを示すものと認めるのは困難である。しかも、山下としても不祥事をおこして解任されたことを秘匿しておきたいと考えて行動していたことは容易に推測されるところであるから、当初、第一審原告が山下の権限喪失を知らなかったことについて過失があったとは認められない。

しかし、昭和五九年六月ころ以降については、前記一の2の(八)、(九)において認定したとおり、特利の支払いの方法が第一審原告の交付した金員の中から特利分が抜き取られ、これが第一審原告に戻されるように変わった上、定期預金証書の作成までに要する期間として予め了承していた二か月間が、そのころには本件各金員の内最初に交付した昭和五九年四月一三日の五〇〇〇万円について既に経過していたにもかかわらず、右金員についての定期預金証書が作成交付されなかったこと、そこで、第一審原告は山下の態度に不信を抱いて同年七月六日入金を確認するためにわざわざ第一審被告本店に赴き、しかも、その際、本来山下が就任しているはずの営業部長の職に辻岡が就任していることを知ったこと等の事情に照らせば、第一審原告が山下の定期預金契約を締結する権限に疑問を感じ、この点を調査することは容易であったと考えられる。したがって、昭和五九年六月以降については、第一審原告には山下が定期預金契約を締結する権限を失ったことを知らなかったことについて過失があるといわざるをえない。

次に、第一審原告が山下が特利を支払う権限を有していると信じていたことについては、前認定の事実によれば、本件当時金融機関の預貯金の金利が一律に法定されていたことは広く知られていたところ、第一審原告は他の金融機関から特利の支払を受けた経験はなく、そのような事例も知らなかったのに、特利捻出の具体的な方法を山下に尋ねることもなく、漫然と大口預金者に対しては特別に利息を支払う等の有利な取扱がなされるものと考えていたにすぎないのであり、しかも、山下は本件定期預金取引に必ず第三者である川崎を同道し、本店へ異動する際には第一審原告に特利支払いの事実を口止めしているのであるのであるから、第一審原告としてはその不自然さに疑問を抱く余地があったというべきである。なお、昭和五九年六月ころから川崎が交付を受けた金員の中から特利分を抜き取ってこれを第一審原告に戻すに至っており、右不足した金員で交付された金額の定期預金証書を直ちに作成できないことは明らかであるから、第一審原告はこの時点においてはより一層その不自然さに疑問を感じることができた筈である。したがって、第一審原告が山下に特利を支払う権限があると信じていたことについては当初から過失があるといわざるをえない。

さらに、前認定のとおり、本件定期預金取引は、第一審原告がマル優制度を不正利用するために山下に話を持ち掛けたものであり、しかも第一審原告がマル優限度額以下の定期預金証書が作成されるまで、定期預金証書の受領を予め猶予したことが本件を引き起こした原因の一つになっていることに照らせば、第一審原告には通常の定期預金取引と異なった形態の取引を行った点において過失があるといわねばならない。

したがって、第一審原告が昭和五九年四、五月の合計金一億一三〇〇万円の取引において山下が本店営業部長の地位にあると信じたことには無理からぬものがあるとしても、第一審原告には、山下が第一審原告が交付した金員を定期預金とするについて特利を付することができると信じて本件定期預金取引を行った点に過失があるというべきであり、同年六月以降の合計金一億七〇〇〇万円の取引については山下が定期預金契約を締結する権限を有していると信じたこと自体に過失があるというほかはない。

しかしながら、金融機関においてはいわゆる預金獲得競争が激しく、一般的に大口預金者に対し種々のサービスをしているところ、第一審原告が小規模金融機関である一審被告にとって重要な預金者であったことは前認定のとおりであるから、第一審原告が支店の最高責任者である支店長の地位にあった山下が特利の支払いを約した以上、これを職務権限内の行為と信じるのも無理からぬところであり、また、川崎が第一審原告から交付を受けた金員の中から特利分を戻していたことについても、第一審原告は、先払いの約束であった特利分の現金の準備が予めできないために、川崎が山下を手伝って右のような取扱いをしているにすぎず、山下において事後的に特利分を補填して満額の定期預金証書を作成するものと理解していたのであって(原審における第一審原告本人尋問の結果)、第一審原告の右理解は特利の金額の多寡、従前からの取引の経緯等に照らせば一概に不自然とも言いがたく、さらに、昭和五九年七月六日第一審被告の本店を訪れた際、第一審被告の幹部職員がマル優不正利用を拒絶することなく、第一審原告を大口預金者として取り扱ったという事情をも考慮すれば、前記第一審原告の過失の程度、内容はいまだこれをもって公平の見地上、第一審原告をまったく保護するに値しない程に著しく注意を欠いたものとすることはできず、第一審原告に重大な過失があったと認めるには足りないものというべきである。

したがって、本件各金員の預金受入の行為に関して山下が第一審原告に加えた損害につき、第一審被告は第一審原告に対し民法第七一五条により損害賠償責任を負うといわねばならない。

4  第一審被告は、第一審原告が違法な導入預金を意図し、しかも違法なマル優制度の不正利用をした上で、特利を入手するなど違法性が明らかであるから、信義則、公平の法理上民法第七一五条によって救済されるべきではないと主張する。しかし、第一審原告が本件各金員の預金について導入預金を意図した事実を認めるに足りる証拠はなく、前認定のとおり第一審原告がマル優制度を不正に利用し、かつ特利を得ようとしたことは違法であるけれども、前者についてはこれを第一審被告の幹部職員も了知していたのであり、後者は私法上の効力に影響がなく、刑罰規定さえ伴わない取締法規(臨時金利調整法)違反の行為であって、そのために第一審被告の使用者責任を問う第一審原告の本件請求を許されないものとしなくてはならないほど、違法性が強いものとはいえないから、第一審原告の右主張は採用できない。

5  そこで、第一審被告の過失相殺の主張について検討するに、第一審原告には前記二の3に説示した過失があり、右過失は本件における第一審原告の損害額の算定に当って斟酌するのが相当と認められるところ、前認定のように第一審原告が違法に特利の入手を図ったものであること等本件に現れた一切の事情を併せて考えれば、第一審原告の過失割合は、昭和五九年四、五月に交付された金員については三割、同年六月以降に交付された金員については七割とするのが相当というべきである。

よって、第一審被告は第一審原告に対し使用者責任に基づき昭和五九年四、五月に交付された合計金一億一三〇〇万円の三割を控除した金七九一〇万円及び同年六月以降に交付された合計金一億七〇〇〇万円の七割を控除した金五一〇〇万円の合計一億三〇一〇万円を支払うべき義務がある。

三  以上によれば、第一審原告の主位的請求は失当であるからこれを棄却し、予備的請求は、第一審被告に対し不法行為に基づき金一億三〇一〇万円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和六〇年七月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当であるからこれを棄却すべきである。

してみれば、第一審原告の本件控訴は失当であるからこれを棄却し、右と結論を異にする原判決は失当であって、第一審被告の本件控訴は一部理由があるので、右控訴に基づき原判決を前記の趣旨の下に変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条本文を、仮執行宣言につき同法第一九六条第一項を、仮執行免脱の宣言につき同条第三項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中川臣朗 裁判官 緒賀恒雄 裁判官 永松健幹)

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